鹿島出版会「クーデンホーフ光子伝」木村毅著(1976−96−8刷)を読む。

 今日は偶然 「リヒャルト・ニコラウス・栄次郎・クーデンホーフ・カレルギー」の命日(1972・7・29没)。
 この本は何回か取り上げた「栄次郎・クーデンホーフ・カレルギー」の母親の伝記である。明治7年(1874)7月16日東京生まれ、昭和16年(1941)8月28日スイス没。墓碑銘・「マリア・テクラ・ミツ・クーデンホーフ・カレルギー」。
 夫ハインリッヒとはオーストリア・ハンガリー帝国の外交官として日本に赴任中出会い 日本で長男(光太郎)・次男(栄次郎)を出産、その後オーストリーに帰国する。フランツ・ヨーゼフ皇帝時代のハプスブルグ家、その皇家に最も近いクーデンホーフ家、(日本の皇室で言えば「近衛家」か?)に嫁ぎ その後あわせ3男4女の母として しかも30代前半で未亡人となりながらも、後に「EUの礎をきずいた男」と言われた次男はじめ,3男はグラーツ大学教授など、娘たちには後に法学博士や著述家になる高度の教育を受けさせた。
 青山光子の生涯は 父親は骨董屋とも植木職人とも、または相当の剣豪とも言われた東京の町娘の時代。次にオーストリア・ハンガリー帝国ボヘミア古城の伯爵夫人。 そして最後は、「パン・ヨーロッパ」すなわち「ヨーロッパ共同体案」の祖母。(最後の「祖母」の名称は結果論であろうが)に大きく区分されよう。

 光子の生涯の1874年から1941年の70年弱の間にヨーロッパの歴史は大きな波に襲われた。ハプスブルク家の崩壊になった第一次世界大戦
これまでオーストリア皇宮のインターナショナリズムの下で,密かにナショナリズムを培っていた幾つかの異民族は、ハンガリーが独立し、ハンガリーの中のチェコ族はスロバキアと新たに独立した。
オーストリアでは ユーゴスラビアが分立し その他一部はポーランドルーマニアに割譲され 純粋ジャーマン族のオーストリアは日本の北海道程度のものになった。その後もユーゴスラビヤの分裂は世界史の示す通りである。
 かってのマリアテレジア メッテルリヒが全欧を睥睨した帝国の成れの果て、その中で明治に生を受け躾けられた明治日本女性の生き様については 明治女の特質を現す言葉として有名な「女大学」が思い出される。

 「それ女子は成長して他人の家に行き 舅姑に使うるものなれば、男子よりも親の教え揺るがせずにすべからず、父母寵愛してほしいままに育てぬれば 夫の家にゆいて必ず気ままにて夫にうとまれ、又 舅の教え正しければ耐え難く思い、舅をうらみそしり,仲あしくなりてついには追い出され 恥をさらす。女子の父母、わが訓(教え)なきことを言わずして、舅 夫の悪きことのみ思うは誤りなり。」

 これを書きながら現代の親はここまできつく子供に言う親はどの位いるだろうか、と自問している。その結果が今日の家族社会かと。
 30代前半で未亡人になりながらも華美な貴族社会の典雅で壮麗な社会に身を置いたにも拘わらず、浮華歓楽な世界とは一線を置き、しかも第一次世界大戦時では日本が敵国になったにも踏み留まり3男4女の子供の教育に取り組んだ明治女性の精神のバックボーンは何か?。現代の大方の意見からは反発の意見もあろうが「女大学の教えの強さ」とも考えるのである。惻隠や献心といった徳を持ち他者のために生きる社会、自由とか公平の下で自分だけのために生きる社会、どちらが穏やかで幸せなのか?選択の自由は強制されないが。
 光子夫人は3人の息子の嫁とはあまり親密でなかった様で、特に一回り年上の次男リヒャルト・栄次郎・カレルギーの嫁とは、その結婚に勘当までして行い反対し、長い間あわない関係が続く位最後まで折り合わなかったと言う。なにやら人間くさい。 娘達も自分で自分の道を切り開いて人生を歩んだ、と栄次郎は「回想録」で述べている。
 若くして未亡人になった光子夫人は夫ハインリッヒが1個のヨーロッパ人として卓越した人物だったのを受継いで、「ヨーロッパ的母」 「ヨーロッパ的妻」になろうとしたが中の本質は「女大学」の権化だったのではとも述べている。

 本著は一人の芯の強い明治女性の伝記ではあるが、ヨーロッパ社会の混乱時代の歴史書としても読める。日本との関係が現代は関係が薄い国が以外や戦前は深かったり、19世紀後半から20世紀半ばまで生きた彼女の数奇な運命と、この時代息子栄次郎のパン・ヨーロッパ」思想に共鳴する世界のリーダーの思想の変遷。

 第一刷が35年前の本である。考えれば第一次世界世界大戦終了し100年程度 第二次世界大戦終了し65年、沖縄、北朝鮮の問題解決せず60年強。密約問題の解決に30年余りを費消している。

 政権変わっても混乱し大きな問題が存在しているにもかかわらず解決策が出ていない。政治家だけの責任ではないはずだ。
 
 100年から150年の歴史に社会問題の解決,生き方への答えがあるような気がする。この本は、「資本主義2.0」といわれるグローバル経済で働く若い人が経済アニマルだけでなく哲学的な基盤の上に高い「志」を持ってグローバル的視野で働く何らかのヒントを願って取り上げた。この夏も暑いが良本にめぐり会いたい。