講談社 小説「排出権商人」黒木 亮著(2009・11刊)を読む

 地球温暖化交渉が新聞その他で取り上げられている。

 「排出権」のビジネスに少し理解を持とうと、「本書」を読む。
相変らずこの作家の勉強には脱帽させられる。(著者・黒木亮については昨年2009年3・30「冬の喝采」のブログで取り上げた。)

 あらすじは女性総合職としてエンジニアリング会社に入社した主人公が 同期入社の女性仲間がODA経済援助関係のコンサルテイング会社に転職したり、結婚退職する中、人事異動で「地球環境室」勤務というエンジニアリング会社のメインストリームの石油・ガスの部門より外され排出権ビジネスを担当させられる。
 中国ウイグル風力発電、を手始めに水力発電、東南アジアの養豚場や、ゴミ処理場メタンガス回収プロジェクト、LNG生産に係わる二酸化炭素地中貯蔵プロジェクトなど事業化のため、業界、外国政府機関など相手に仕事を進める。

 排出権取引に係わる投資銀行,ブテック、コンサルタント会社、商社、認証サービス機関、省エネ機器メーカー 弁護士事務所 会計事務所および気候変動コンサルタント等の活躍などを通じ、これからの若い人達の新しい「排出権ビジネス」という職業の舞台が見えてくる。取引用語、法整備 その国々の慣習などを折込、更には 排出権ビジネスに係わる金融のスキームを 多彩に織り込みこのビジネスの知識を得ながら、読者を厭きさせない小説に仕立てている。最後は主人公の担当させられた部署が事業として大きく成功し 社長として独立させられ、その後経営陣の偽装経理による経営危機をM&Aにより売却され親会社を救うのであるが。

 昨年末「COP15」(第15回国連気候変動枠組条約締結国会議)という長い名前の国際会議がコペンハーゲンで行われ「合意に留意」という訳のわからない不明な結論の出た会議があった。 今年1月末迄に条約事務局(UNFCCC)に先進国は削減目標、途上国は削減行動計画を申請することになり その行方に関心を持っていたが、2月19日の日経新聞はこの中心の事務局長が任期途中の辞任を報道していた。「温暖化懐疑論者」が勢いづく中、激しい利害対立の調整役の事務局長の辞任は調整役不在で今後進展に不安があると報道している。

 「本書」を読み感じた。現在の日本は,例えば原子力発電の受注をめぐる競争に韓国にはUAEの案件で負け、ベトナム原発受注競争では、ロシアに負け、日本勢の「統一戦線」が不利な情勢を見ると、「排出権ビジネス」は外交力を踏まえた国連という機関を舞台とするいわば「排出権認証登録獲得競争」である。日本勢が連帯して強くなければ、先々、欧米の先発組、又インド等のように自力を蓄えつつある国の「イイカモ」にならなければと危惧するのだが。(ならないように望みたい。)
 もともとアメリカのメジャーやソ連政府(当時)が世界のエネルギー源を石炭から天然ガスにシフトさせようと画策し「温暖化問題」を持ち出した説とか、排出権取引の深層はきわめて国際政治的テーマの観が感じられる。

 本書では、目下のところ排出権ビジネスの勝ち組は 中国、インド、ブラジルだろう、と述べている。このビジネスのいわば、利権というかメリットの享受をうけるセクターは指定運営組織として圧倒的実績を持つ欧州系認証サービス機関や排出量に応じて登録料を徴収する、先に触れた事務局長の任期途中の辞任問題のあるUNFCCC(国連気候変動枠組条約)事務局、およびこの機関の使う気候変動コンサルタント、更には投資ファンドなど大口の投資家にも大きな資金が流れる。日本 EUなどの先進国は削減目標達成不可能の場合、排出権購入代金を払わざるを得ず その大きな資金が流れていく仕組みである。

 地球温暖化問題の今日的国際的利害関係は5つのグループにわかれる。アメリカ、中国(中国はアフリカ、中南米に影響を強める)、EU、途上国、それに日本。途上国はまた3グループに分かれる。①経済発展のいい国は絶対反対、さしずめブラジルなどの国は過大な量の排出権は市場の混乱を招き排出権価格の低下により自国の収入減になるということで反対とか、②貧しいアフリカや中南米は先進国援助に頼りたいとか、③中東は石油抑制に反対と、これらの調整は先に述べたように簡単ではないようだ。
したがってコペンハーゲンの会議のように調整がつかない。

 民主党福山哲郎という外務副大臣がいる。大和証券をやめ、松下政経塾から政治家になった若手政治家である。平成9年の「COP3京都会議」以来一般にはなじみないこのテーマで民主党コーデネーターとして地球温暖化対策に係わって来ている。博学ではある。外務副大臣としてむしろ環境大臣以上の仕事をしてもらいたいと願っている。今開いている国会で排出量取引制度の成立は危ういようだが。

 先般の国連総会では 日本は一定の条件を前提に1990年比25%を提案した。大変な努力が必要だろう。削減幅の概数で第1約束期間の2008〜2012年について1990年比6%減で試算すると排出権購入代金1兆円超という試算がある。25%で単純に4〜5兆円になる。(あくまでも目安だが。)

 日本政府はリチウムなどのレアメタルの権益獲得に力を入れているようだ。省エネ技術の更なる開発、再生可能エネルギーの普及 ベンチャーで「音力発電」「振動力発電」を研究している企業があるが、これらのベンチャー企業の育成 更には温暖化対策の本命は「炭素地中貯留」なのだがこれらの開発競争ははげしいらしい。「考え5両・働き1両」。日本の新産業はこの分野の考え抜いた先だ。

 いずれにしても「排出権ビジネス」が欧米の戦略に嵌められ、飲み込まれ「新マネー敗戦」を通して国力の減退につながらないよう監視しよう。