角川書店「青山栄次郎伝ーEUの礎を築いた男」林信吾著(2009・12刊)を読む。

 本書「青山栄次郎」とは「リヒャルト・ニコラウス・栄次郎・クーデンホーフ・カレルギー」である。(昨年9月27日ブログ。)
 この本の著者の経歴については欧州にわたり働き・学び・研究した作家・ジャーナリストとしかわからない。がしかし この平成の時代 およそ110年前に生まれ40年前になくなったこの人「青山栄次郎」を取り上げ しかも昨年2009年暮れに出版した事に著者の社会に対しての警世、啓蒙の思いを感ずる。

 著者はあとがきで書いている。2009年はアドルフ・ヒットラーの生誕120年目でこの人物に対する本をよく目にするようになった。「ヒットラーブームなど起きようものなら粉砕してくれるわ」一方「この人・青山(カレルギー)の本は探したがあまりなかった」と。筆者も丸善に行き「クーデンホーフ・カレルギー全集」について調べたもののすでに過去の本となり、東販・ニッパンとも扱っていなかった。

 ヨーロッパはこの100年の間に1914年ハプスブルク帝国皇太子の暗殺1916年皇帝フランツ・ヨーゼフ一世の逝去による帝国の崩壊から第1次大戦となり、民族分裂の流れになった。 結果ベルサイユ条約・サンジェルマン条約による26カ国の独立国が生まれた。
 その後 20世紀半ばのドイツ国民はヨーロッパ統合ではなくナチス国家主義を選んだ。 そして第2次大戦後のヨーロッパは1954年ヨーロッパ石炭鉄鋼共同体をスタートさせた。この「EU」の基礎を築いたのが「青山栄次郎」である。ハプスブルク帝国崩壊より通算し今日の共通通貨ユーロの時代まで100年も経ていない

 この本では途中から同じ時代に生きた青山栄次郎(カレルギー)とヒットラーの生き方を対比しながら書いている。世界史の復習にもなる著書である。

「歴史は繰り返す」。副島隆彦は自著「ドル亡き後の世界」(2009年)で2010末からの大恐慌を唱えている。自民党政権時代格差社会が激しくなり日本も民主党政権に変わった。もたついている。50年ぶりの政権交代なので短気を起こさず暫らく見守らざるをえないが 何かヨーロッパの20世紀の歴史から教訓として得るものはないか。

 栄次郎が1923年29歳で発表した「汎ヨーロッパ=ヨーロッパ青年に捧ぐ」と題する著書の理念は「友愛が伴わなければ 自由は無政府状態の混乱を招く、平等は暴政を招く」。新自由主義の徹底した競争の原理は アメリ金融危機、今日の日本の契約、派遣労働の格差社会に見るとおりである。(このくだり昨年8月・9月のブログ「読書のマイヒストリー」「テロリズムの罠」で書いた。)

 栄次郎の「パンヨーロッパ」のこの思想は栄次郎の努力で単なる理念より具体的政治運動に昇華した。1925年かって敵味方として戦ったドイツ・フランスが共に国を挙げて支援し、1926年「パンヨーロッパの第1回総会」がウイーンで24カ国2000人参加を得て行われ、1927年にはかっての敵国フランスの首相が公然と「パン・ヨーロッパ」に加盟名誉総裁の座につきヨーロッパ統合に向かう強い決意を表明した。しかし 1929年大恐慌により大きく変わり 不幸にもナチス政権となり逆に母国ドイツの国家権力より命を狙われることになる。著者はなぜヨーロッパが当初欧州共同体を選ばず ナチス全体主義を選択したか、この本で検証もしたかったという。

 栄次郎の思想の展開は本書にくわしい。一方本書を読み、複数国籍を持った明治時代に生まれた日本人の母の生き方と息子達(栄次郎は次男)の母国日本に対する心の葛藤について 著者はきめ細かく述べている。母光子については「第1次大戦では長男と三男を戦場に送り出しながら当人は敵性国家国民。母国が戦勝国になった反面夫の国は滅び国籍を失った。第2次大戦では次男が国家権力から狙われたがその国が同盟したおかげで自身に迫害が及ばなかった(本書P296)」

今日「東アジア共同体」が語られている。実現までは相当先になろうかと考えるが、栄次郎の考える「統合されたヨーロッパ」が米ソに並ぶ強国のベースが広大なアジアの植民地に求めていた となると日本人としてやはり日本の伝統よりヨーロッパにウエイトがあったのかと少し異質なものを感じるが 100年前のこの構想力については偉大さを感ずる。
1967年来日し天皇陛下に謁見し勲一等瑞宝章を授与されている。1972年78歳スイスでなくなった。

 グローバル化の中で生きる日本人。子孫はいずれ複数の国籍のなかで仕事し人生を築かねばならない。このような人生問題を本書を読み考えさせられた。

 とまれ「林信吾著の青山栄次郎伝」。無名なときの「佐藤優著の国家の罠」を思い出した。「国家の罠」発売当時丸善の一番隅に置かれ探すのが大変だった。だんだんメインに置かれ最後は「同氏のコーナー」まで出来た。「この本」がどう出世していくか楽しみである。