平成21年年末雑感

 今年の読書は明治時代の人物の生き方に焦点をあて読み進めたが、秋になり秋山好古秋山真之正岡子規を主人公とした司馬遼太郎坂の上の雲」が3年の長期のテレビドラマ化となった。高度成長時代に好んで読まれた小説である。この時代に生きた男達の生き様に、今日の日本人もまた教えられる点相当大きいのではと考える。司馬遼太郎が生前反対したといわれる映像化で作家の意図がどの程度伝わるかわからないが。
秋山真之」については1961年朝日新聞社より出版の島田謹二著「アメリカにおける秋山真之・・明治期日本人の一肖像」がある。若いとき赤鉛筆で線を引きながら読み印象強くした本である。島田謹二はその後1990年同じ朝日新聞社より「ロシア戦争前夜の秋山真之」(上・下2巻)出している。
 もっとも日本人の生き方もずいぶん変わって来ているから「復古調」のつもりで語るわけではないものの、生まれた環境を跳(は)ね除(の)け向学心に燃え奮闘努力したことは時代がどう変わろうとも参考になるであろう。

 阿部善雄著「最後の日本人」や矢吹晋著「朝河貫一とその時代」で書かれた「朝河貫一」。明治6年二本松藩会津白虎隊と並ぶ二本松少年隊という悲劇賊軍の武士の子として生まれ向学に燃え東京専門学校(現早稲田大学)より日本人で初めてイエール大学に留学その後日本に戻らず同教授になった明治の日本人である。アメリカより「日露戦争」に反対し講和論を展開した。
 桜井よしこが「明治人の姿」で取り上げた「杉本えつこ」という女性にも男以上の明治女性の「凛」とした生き方を感じる。最近出版の佐野真一著「鳩山一族その金脈と血脈」(2009・11・20・文春新書)を読むと鳩山総理の文久元年に生まれた曾祖母は後に秀才の誉れ高い一郎、秀夫息子2人を朝3時半にたたき起こし、数学、英語、漢文を登校前の時間みっちり教え込む教育方針を10年間続けたそうであるが今の時代このような母親はいるのだろうか。現総理はこのDNAを受け継いでいるはずである。

 年末に 長い間読んで見ようと考えていた堤庚次郎を父親に持つ作家辻井喬の「父の肖像」を読了した。
 明治維新前後に生まれた世代より一世代若くなるが、堤康次郎は 一般にはあまり歓迎されていないようであるが、明治22年滋賀県の貧農の家に生まれ 昭和39年75才の人生を終えるまで独学、独力で人生を切り開き、都市開発の実業家として又 政治家として 明治16年うまれ鳩山一郎 明治11年生まれの吉田茂と時代をともにした。この男の生き方もすさまじい。読むと実の父親と著者とは距離があったようであるが読後の筆者には男としてわかる部分が多い。
 国際化の中の日本人を考えるテーマとして「会津魂」「会津精神」と「明治人の気骨」については機会を見てまとめてみたい。江戸初期徳川将軍家を支えた英邁といわれる会津藩主「保科正之」という政治家の思想のDNAが会津の土壌に浸み込んでいるのか、と「先に思い込ん」でいるが。

 昨年の「ブログ論壇の誕生」や今年8月「テロリズムの罠」のブログで書いた契約社員 派遣社員の悲鳴。民主党政権で労働法制の改正が進められている。「いいことだ」。2月の田中宇の「世界がドルを棄てた日」で書いた動きにも目を離せない。来年は国際金融、国際政治はどう変わっていくのか? 11月に書いた「沖縄テーマ」の「運命の人」も決着が近そうである。しかし高齢になったこの「運命の人」が納得する人生を国はどのように取り戻してあげられるのか、「時効です。」や「実は密約があった。」の一言で済ますのか、または「密約があったことは当局は知らなかった。」で終わるのか。国のエンデイングの最後の「言葉は?」
 9月に「クーデンホーフ・カレルギー」を取り上げたら 12月に角川書店から「青山栄次郎伝」が出版された。国際化、グローバル化の中で日本人が単なる経済・金満信奉でなく哲学 思想を深められるよう旧書「カレルギー全集」により示唆を受け、これからの日本人の生き方について思索せねばならない。
 3月のブログ「冬の喝采」の黒木亮の新著「排出権商人」買い込んできた。黒木亮の知識力、勉強に脱帽するとともに ビジネスも社会も「環境・自然エネルギー・共生」がキイワードになってきた。
「時代と価値体系が確実に変わりつつある。」

 来る「平成22年」に期待しよう。