角川oneテーマ21「テロリズムの罠」(左巻・右巻)佐藤優著(2009・2・10)を読んで

 ほぼ任期満了に近い総選挙が今月30日行われる。

 前回総選挙から4年。4年に限らず、10年あまりの間、日本社会は発展どころか、劣化の流れになっていることは疑いない。時折出席する講演会会場においても「劣化」のヤジが飛ぶ。
 投票の前に日本の現状・世界の情勢の整理と考えこの夏久しぶりに佐藤優氏の著書を読む。「テロリズムの罠」(左巻・右巻)。
 以前のこのブログで触れたが(上杉隆・ジャナリズムの崩壊09・1・28)筆者にとっては 佐藤優となるとやはり「国家の罠」「自壊する帝国」「獄中記」が印象深い。

 「左巻・新自由主義の行方」は昨今の格差問題・派遣労働に代表されるグローバル競争至上主義の「新自由主義」の行き着く先の限界について以下のように結論づけていることは改めて恐ろしい。
 つまり「新自由主義はアトム(原子)的世界観をとる。ばらばらになった個体(個人・企業)が市場の競争を通じて最適の配分がなされると考える。新自由主義を究極まで推し進めると「規制緩和」ではなく、「無規制」になり「小さな政府」でなく「無政府」となる。新自由主義は国家を認めないアナーキズムと親和的なのである。」と。(本書・左巻・P231)

 又、新自由主義は「小さな政府」を追求する。この場合 国家の社会福祉、教育、更に経済に関する部分をスリム化する。その結果 警察、軍事、外交、司法など国家権力のうち暴力の裏づけを持つ部分が拡大する。」と。(同P135)まさに今、社会保障の削減によって生じている医療難民がこれにあたろう。
 作家五木寛之氏は語る。「市場原理と自己責任という美しい幻想で飾られた世界は 一皮剥けば人間の草刈場」。派遣労働はまさにこれである。

 「右巻・忍寄るファシズムの魅力」では 主題、副題ともおどろおどろしいが著者の元外交官として地政学 宗教 民族についての知識 独特の感性・感覚を発揮した文章は 知的興味を一層そそる。第3次世界大戦への想定されるシナリオも興味深いし、著者得意の「ロシア・ロシア周辺問題」は分離独立後の「国家のもがき」が読み取れる。
チェチェン、イングーシ、ダケスタン、北オセチアの「北コーカサス」。
グルジアアルメリアアゼルバイジャン、の「トランスコーカサス」そして「エストニア」、ラトビア、リストニア、ベラルーシウクライナモルドバ等の「新東欧」。又中央アジアの国々。
 これらの国の中に「エトノクラチャ」といわれる政治 経済 文化の「自民族独裁主義」が進行しているとし、行き着くところは「民族浄化」しかないという。これもまた恐ろしい。続く章「恐慌と不安とファシズム(上・中・下)は左巻右巻通じ一番難解だがじっくり2・3度読むと理解が進む。

 総選挙情勢は 現状で優勢にある民主党は「官僚システムの打破」を云々している。先に「新自由主義」の行き着く先の懸念を書いた。今度の選挙で民主党政権が成立しても形を変えた「政権たらい回し」でなく国家の「統治形態の変革」がなければ、日本の政治は根本的に変わらず 「民主党お前もか」と失望されるだろう。

 「国家の統治形態」を変えるところまで行けなかった「小泉政権」は自分の美学にこだわらず退任せず更に4年 格差問題を予想しセーフテイネットに力を注ぎ 今日の混乱を避ける政策を泥にまみれ遂行するとしたら今日のような非難はなかっただろう。竹中氏一人マスコミの攻撃を受けているのは無責任を感じる。後任選びに人を見る目のないリーダーの責任は大である。
 同様 鳩山代表も 総理就任後は不出馬といわず 権力を手に入れようとする政治家は 美学を無視し 日本の政治的 経済的 社会的混乱という「闇」を泥まみれになって払いのけて欲しいし 長い目で見れば評価を受けるのではないか。 

 小沢代表代行は力強く「統治形態を変える」と語っているが期待したい。
 後藤新平ブログで述べた高村光太郎の詩「岩手の人 沈深牛の如し 地を往きて走らず 企てて草卒ならず ついにその成すべきをなす」を思い出しながら「2009年8月30日」を待っている。