講談社「冬の喝采」黒木亮著(2008.10.20刊)

 「黒木亮」という作家に興味を持ったのは「アジアの隼」(祥伝社)という小説が最初であった。あらすじは 新興国市場で世界の注目をあつめはじめたばかりのベトナムの金融市場を舞台にベトナム発電所建設資金のプロジェクトファイナンスの「マンデート」(主幹事)獲得をめぐり、邦銀の駐在員が政府幹部の汚職などの中 国際投資銀行との間で悪戦苦闘の「争奪戦」を演じる物語である。ベトナムの風土や人情 歴史を織り交ぜた国際金融小説であった。

 「シルクロードの滑走路」では中央アジアの小国 キルギスタンが舞台である。キルギスに住む クルド民族や朝鮮系の少数民族の生き方などをとリあげシルクロードの街の異国情緒 錯綜する民族問題を描写しながら「航空機ファイナンスビジネス」を題材として描いている。

 作家黒木亮氏は2000年にシンジケートローンをテーマに息づまる邦銀と米国投資銀行の主幹事獲得の激闘を描いた「トップレフト」(祥伝社)でデビューした。
 筆者の当時の読後感に「若い30代に戻ったら 意志力 頭脳を鍛え 再度このようなビジネスに取り組めたら、と 過ぎ去りし人生を振り返る。すばらしいドラマ感のある小説なり。」と記してある。

 「巨大投資銀行(バルジブラケット)上・下」(ダイヤモンド社)では1985年から2003年の日本の金融市場の激動を振り返らせてくれながら 終身雇用に慣らされ閉鎖された邦銀の一行員より外資系金融機関に転職し キャリア実績を積み上げ その後 その実績を評価され 統廃合の嵐が吹き荒れ 合併に明け暮れた邦銀に請われて経営トップに就任、 その後も人生を切り拓く 実に熱血あふれた長編国際経済小説であった。いずれも仕事に全身全霊を打ち込む姿勢には感動をうける。

 この作家が金融に詳しいプロということは知りつつもどのような経歴の作家だろうかと興味大であった。

 前置きが長くなったが 本書「冬の喝采」でこの作家が箱根マラソンに同じ襷で瀬古利彦選手と共に二度出場の経歴を持ったと知り驚いた。「本書」は北海道に生まれ中学2年生より陸上の練習 競争記録を大学ノートに書き続けた日誌をベースに大学4年の箱根マラソン終了まで22歳の半生を怪我や事故に悩まされながら箱根マラソンへの執念を描いた自伝小説である。

 「自尊心が強く 思い込みが激しく 粘着質で 自己顕示欲が強く 敵の多い 63歳の老人」(本書より)の熱血な中村清監督の指導に4年間耐えたこの陸上選手が 怪我のため好きな道を棄て卒業後は国際金融の実務の世界に人生の駒を進める。 同時に生い立ちの運命的な「人生の縁(えにし)」に驚かされる。 大学入学時に 養父から実父の存在を知らされる。後日その実父が箱根マラソンで30年前走った同じ区間を息子が30年後走ったことをしる。この「運命の糸」には人智を超越した[あるもの」を感じざるを得ない。
随所に心に「グサリ」とくる「言葉」がある。
 「努力は無限の力を引き出す。天才は有限。努力は無限」(本書)

サブプライム」以降「国際投資銀行業務」に対する流れは明らかに変わりつつあるようだが 30代40代の金融に携わっているビジネスマンには金融業界の専門用語はもとより金融派生商品のスキームなどわかり易い。

 大学競走部時代中村監督のもと 罵声を浴びせられ 罵倒に耐えたバネが卒業後取り組んだ仕事を壮大なスケールまで拡げ かくも感動を与える小説を描く力になっているのだろうか。

   「若い頃流さなかった汗は 年老いてから涙となる。」(本書)